NGOを立ち上げた理由

どのような活動を?

奨学金の支給

交流して異文化を学ぶ

イスラム女性への支援

会計報告

スタッフ紹介

NGO を立ち上げた理由

 
NGO を立ち上げた理由 写真01
2005年10月8日パキスタン北部のアザド・カシミール州周辺でマグニチュード7・6の大地震が発生しました。
直後の世界銀行の調査によって、死者8万7千人、家を失った人約350万人という数字が発表されました。この数字は、ひとつの国がこうむった自然災害としては過去に例がないほどの大規模なものといえます。
阪神・淡路大震災の死者が6千人強であることを考えますと、パキスタンで起きた地震の大きさ・深刻さを想像していただけるのではないかと思います。
私はフォトジャーナリストとして現地の状況を取材するために、地震の直後に被災地を訪れました。パキスタンの山岳地帯は私にとって、かつて何度か遠征登山のために通った場所であり、また最近ではインダス川流域の人々の暮らしを撮影するために頻繁に訪れていたところでもあるからです。
現地には知己も多く、そうした人たちの安否をたしかめるという目的もあって、行動を起こしたのです。
被災地は、アザド・カシミール州の州都ムザファラバードと北西辺境州(NWFP)のバラコットの街を中心とした半径100キロにおよぶ山岳地帯で、山の斜面には小さな村が数多く点在しているところです。
国際機関や日本を含めた世界各国からのたくさんの民間支援団体がすでに現地入りしてテントや食料、毛布などを配布したり、負傷者に対して医療活動を行なうなど緊急救援活動を行っていました。
NGO を立ち上げた理由 写真02
  ところが山岳地帯に点在するたくさんの村々へは、土砂崩れによる道路の寸断などで十分な支援は行き届いていないように見受けられました。取材や撮影などでこれまでこの地域に滞在してきた経験からいって、山深い集落に住む人々こそ支援を必要としているのではないかという思いがあり、登山の心得がある私は徒歩でいくつかの村を訪ねてみました。
その結果、孤立した村が多数存在すること、そうした村の多くの人は住居を失ったためにムザファラバード周辺などに設立された国連やNGOによる避難民キャンプに収容されつつある事態を確認できました。
約半年後の2006年4月にも現地を再訪してみましたが、日本のような先進国と異なり復興の遅れが目立ちました。寒さと降雪の心配がなくなったので避難民は村へ帰還を始めていましたが、もともと零細な農民である彼らにとって生活を取り戻すのは相当先の話になる気がしました。
なかでも衝撃を受けたのは、親を震災で亡くした子どもの存在でした。特に父親を失った家族はいっさいの現金収入の道を失い、子どもたちの多くは再開された学校へ通うことができないようでした。イスラム社会では、男が外の社会を、女が家の中をと、その役割分担が厳格に決められているのもその理由です。
小学校へ通うこと自体にはさして現金が必要なわけではありません。しかし震災による家庭や地域社会の崩壊という悲劇によって、子どもが学校へ通えないケースが相当数あることを現地調査によって実際に確かめることができました。
パキスタンという国に少なからずかかわってきた者の義務として、そういう境遇の子どもたちにひとりでも多く小学校に通ってもらい、将来に向けて自立できる環境を整える手伝いができないかと考えた結果、本NGOウジャマー・ジャパンの設立を思い立ちました。
(代表 船尾 修)
▲ ページのトップへ