WHO’S WHO


JUNAID君

パキスタンの北、中国との国境に世界第2の高峰K2(8611m)が屹立している。そのK2を仰ぎ見ようと、2004年9月、生まれて初めてパキスタン航空(PIA)に乗った。成田からの機内は中国人らしき人で満杯。〈こんなにたくさんの中国人がパキスタンに行くの?〉と不思議だったが、なんのことはない。PIAは北京経由。ほとんどの乗客が北京で降りた。給油、機内清掃のあと、パキスタン人と思しき青年たちが大挙して乗り込んできた。全員が興奮している。静かだった機内に活気がみなぎる。青年たちはいい時間を過してきたに違いない。
パキスタンはイスラムの国。イスラム女性に見られるスカーフで髪を覆う女性もいれば、自らの髪を誇らしげに見せている女性もいる。〈そうか、スカーフは絶対ではないんだ〉と賑やかな彼らを観察する。やがて、私の隣席にも1人の青年がやって来て、腰をおろすかおろさないうちにどこから来たか、どこへ行くかと矢継ぎ早に質問する。私のほうも同じことを聞きたかった。なにしろ、生まれて初めて接するパキスタン人らしき人なのだ。
青年たちは大学生。友好国である中国の大学生との交流プログラムを終え、これからパキスタンへ帰るという。中国、パキスタンはともにインドとの間に問題を抱えており、インドは両国にとって一種の敵である(2007年4月現在、3国の関係はある程度良好になっていると聞く)。そこで敵の敵は味方ということになり、中・パの大学生が毎夏、お互いの国を訪ね合い、交流しているようだ。
「パキスタンは初めて?」と青年は尋ねる。私の返事に、「お〜い、みんな」と立ちあがって仲間に声をかけた。あちらこちらから男女がポケットや財布から何かを持ち出し、青年に手渡す。青年はそれらを受け取り、テーブルに慎重に並べていく。「OK。これがパキスタンのお金、全種類」と私を促し、青年はひとつひとつの説明にかかる。〈一度に言われても覚え切れないじゃない〉と思いつつも、青年の好意がうれしい。手にしたガイドブックの写真と照合しながら説明を聞く。
やがて、そのうちに私は眠ってしまったようだ。深夜にイスラマバードに着いたときは、寝ぼけ眼で挨拶もそこそこに別れた。

翌日、カラコルムハイウェイーを走る車中で再びガイドブックを広げた。と中から1枚の紙が滑り落ちた。〈何かしら?〉と思いつつ広げたPIAのマークがはいった便箋には、裏表に手書きの文字が几帳面に書き込まれている。 “Please remember”から始まり、食べ物、持ち物、気候、買い物、タクシーの乗り方など細やかで愛情あふれた旅行者への諸注意が並び、最後は“Your son”に続き、名前と電話番号で締め括られていた。昨夜、私が眠った後、青年はこの「旅の心得」をしたため、そっと私のガイドブックに挟んでくれたのだろう。

パキスタンはこのような青年がいる国。外国人を入国前から受け入れ、歓迎してくれる国。でも…、Your sonではなくYour boyfriendとしてほしかったなぁ。

(文と写真・宮崎妙子)
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