第4次支援活動

奨学金支給を80名に拡大

 市街地のインフラや住居の復興は、一部の山村出身の避難民たちを除いては、わりと順調に進んでいるように見受けられました。しかし、予想どおりといいますか、やっぱりなといいますか、学校の復旧はたいへん遅れています。

今もテントで暮らす避難民の子どもたち。
今もテントで暮らす避難民の子どもたち。

  授業そのものは地震後すぐに復活しましたが、2年近くたとうというのに公立学校はまったくといってよいほど校舎は再建されていません。いまだにユニセフから支給されたテントを使って授業が行なわれていますが、テントというのは夏は暑く、冬は寒い代物です。いったいぜんたいパキスタン政府は教育をどういうふうに考えているのでしょうか。これがもし日本だったら、世論が許さないでしょうね。
  私立学校については、その運営団体によって再建が進んでいるところもあれば、まったく手付かずのところもあるというように、状況によってまちまちです。震災後すぐに取材のために訪れたインド側カシミールからの帰還難民たちが暮らす地域を久しぶりに訪れてみました。そこでは私立学校が全壊し、子どもの死者十数名を出したところです。
  そこで東洋人をふたり見かけました。話を聞いてみると、韓国人のNGOメンバーで、この学校の再建のために住み込みで働いているとのことでした。ふたりとも30歳前後の若者で、やはりこういう活動は若者こそが似合うのだなと彼らを見て思いました。
  パキスタンは私立学校の数がとても多い。辺境地へ行くと、その割合は増えるように思います。意外に思われるでしょうが、どうしてこういうことが起こるかというと、政府の教育が遅れているからです。辺境地にある私立学校はたいていは政党が運営していたり、NGOが関わっていたりします。NGOは何も外国のものとは限らず、たとえばアガカーン財団などパキスタン人によるものも多い。

ムザファラバード後背地の丘にある避難民テント村。
ムザファラバード後背地の丘にある避難民テント村。

  被災した子どもたちに笑顔が戻ってきたのは確かですが、学校を取り巻く状況そのものがこんな按配ですから、たとえ奨学金を支給しても、それがうまく生かされるかどうかは甚だ疑問が残るところではあります。しかし、かといってそういう境遇の子どもたちに何もしないでよいかというと、私としてはけっしてそれでよいとは思えないのです。今はとにかく、しばらくこの活動を続けていこう。いずれユーセフのような若者がウジャマー・ジャパンの活動を引き継ぎ、発展させてくれたなら、この取り組みは成功したといえるかもしれません。
  そんなこんなで現在、奨学金を支給する子どもたちの数は80名になりました。私としては小学校1年生が卒業できるまでの5年間を支援活動の一応の区切りにするつもりで、今しばらく活動を継続していきます。皆様のご支援、よろしくお願いいたします。

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