パラス村での支援活動
カシミール州境から「北方地域」へ入ってすぐのパラス村では、前回と同様に小学校のテントを利用させていただき、ここを会場として2回目の奨学金支給を行いました。先生に立ち会っていただき、前回の16名に対して保護者同伴で面接調査の上、引き続き支給を行いました。
子どもたちも見慣れない外国人(つまり私)の姿に慣れたということもあるのでしょうが、前回はほとんど話すことができずに代わりに先生や保護者が答えていたのに、今回は問いかけに対して自分で口を開く子が増えたのが、驚きであり喜びでした。前回は子どもなのに表情が厳しかったり、無表情なのがたいへん気になりましたが、今回は子どもらしい仕草が戻ってきたように感じました。
よく、「苦しいことも時間がたてば解決してくれる」といいますが、地震からさすがに2年近くたつと、その格言はさすが的を得ているなあ、と思いました。
パラス村では、村の中心でモスクが建設中でした。地震が今度あっても大丈夫なように、材木とトタン板が多用されたデザインです。また政府から家の建設資金が支給されたらしく、どの家も建設ラッシュなのが印象的で、スルリ・スッチャ村に比べて村人の表情も明るく前向きな気がしました。
スルリ・スッチャ村はインドとのLOC(管理境界線)に近いせいか、また幹線道路から奥まった場所にあるため外部との交流が少ないためか、子どもたちの教育レベルがもともと低いように見受けられ、農民である家族たちも震災後の社会の動きに対応し切れていないような印象を受けました。これに比べてパラス村は、もともとパキスタン人に人気のあった旅行先でもあり、幹線道路に面していることから、人々の動きはもともと活発であったと思われます。そういう社会状況の違いが、子どもたちの表情にも影響を与えているような気がしました。
さらに先生の協力を得て、あらたに家庭環境が難しい子どもを10名ピックアップしてもらい、保護者を呼んでもらって面接調査を行ないました。その結果、パラス村では合計で26名の小学生に奨学金を支給することに決めました。



