どういう支援が必要なのか
カシミール州だけで村の数は1600以上あるといわれており、その多くはシェリ村と似たような暮らしを強いられていると考えられます。米軍を中心にそうした山岳地帯の村へヘリコプターで食料の空輸を行っていますが、ヘリは少しでも天候が悪くなると飛ぶことができません。すべての村へというのは、とうてい無理な話です。
本格的な冬は12月から到来します。山の村では降雪があり、村人たちはそのことを非常に不安がっていました。NGOが支給したテントのある村でも、木綿製のテントでは寒さと雪を防ぐことはできない、あるいは雪に押しつぶされる不安というのを訴えていました。
本来ならばこの時期は、農民にとって小麦の種をまいたりしなくてはならない時期ですが、耕すための牛もたくさん死んでしまったり、テントを立てているのが畑だったりするため、そのままになっている畑がほとんどです。ということは春以降の収穫が何も望めない、収入もないということなのです。
12月に入ってわが国の自衛隊が撤退し、また大手のNGOも続々と引き上げています。ひとまず緊急支援は役割を終えたからということです。彼らの果たした役割は確かに大きかったと思います。しかし今回の災害は、死者の数だけとっても阪神・淡路大震災のざっと14倍。家を失った人は350万人に達します。この数字はとても1国の財政だけで復旧できるものではないでしょう。
11月にドナー会議があって、各国は合計で58億ドルの支援をパキスタン政府に約束しました。しかしその中には日本からの円借款(つまり借金)も含まれているのです。そうしたお金が本当に困窮している人のために使われるかというと、私には?が浮かんでしまいます。道路や建物といった「見かけだけの」復旧に終わってしまう予感があるからです。それは実際に現場を見た者の確信ととってもらってもかまいません。
そんな当てにならない数字のことよりも、被災地には現実に冬が訪れ始めています。支援が必要なのはむしろこれからです。病気などの「第二の被災」を出さないためにはどうしたらよいのか、崩壊した学校をどう再開させるのか、そのことを私は考えていきたいと思います。そして自分たちにできる範囲で、被災地への支援を継続していくつもりです。



